オークションでは毎回予想外のことが起こる。今週末のジュネーブ・オークションもそうだった。時計市場の盛り上がりが頂点に達した2020年12月、ベンはフィリップスのレーシング・パルス オークションについてこんな分析を残していた。クレイジーなオークション結果ばかりが並ぶなか、彼はその時計がなぜその価格に値するのか、その理由を正負の両面から論証しようとしたのだ。
それから3年が経ち、オークションの開催地もすっかり変わったので、私も同じことをやってみようと思った。そして今シーズン、特にとあるオークション会場では意味がわからないことがいくつも起こった。というわけで、クリスティーズでの混乱を皮切りに、ジュネーブ・オークションの4つの結果と、それられがどのような意味を持つのか(もしくはないのか)を見ていこう。すべての時計へのリンクは各ロットの落札予想価格の箇所に貼られている。
スーパーコピー時計マーロン・ブランドのGMTマスターが458万スイスフラン(日本円で約7億6500万円)で落札される(そして、クリスティーズで何が起こったのか?)
理にかなう理由:マーロン・ブランド(Marlon Brando)のGMTマスターは1本しかない。このロレックスは『地獄の黙示録(原題:Apocalypse Now)』でブランドが着用していたもので、わずか4年前にフィリップスに出品され、195万ドルで落札された。時計への関心は4年前よりもかなり高まっており、過去18カ月間で市場はかなり軟化しているものの、コレクターは希少性には喜んで大金を払う。
理にかなわない理由:クリスティーズのPassion for Timeのオークションにおいて奇妙なことが起こった。まず、ムハンマド・ザマン(Mohammed Zaman)氏のコレクションを対象としたシングルオーナーオークション(こちらでプレビュー済み)の開始が1時間近く遅れた。ようやく開始されると、入札者はすべてのロットの見積もり額が、場合によっては大幅に上方修正されたことを知らされた。さらに、すべてのロットに第三者保証が入ったことも告げられたが、この事実は最初に印刷されたカタログには記載されていなかった。開始直前の会場での洪水のようなアナウンスのなかで、この1点を聞き逃してしまった可能性もある。
第三者保証は金にまみれた美術品の世界ではある程度一般的だが、時計の世界ではそれほど多くはない。第三者保証とは、保証企業がロットの最低売却価格に同意する金融商品である。そのロットが最低価格以上の入札を得られなかった場合、保証企業はその価格を支払い、そのロットを落札する。このリスクを負うために、クリスティーズは販売条件の項で説明しているように、保証企業に対して手数料を支払っている。また、保証企業は通常、保証されたロットが取り決められた価格より高く売れた場合、取引の一部として利益の一部を受け取る。今回のように全体の売上げを保証することは、それなりの手数料を伴うものと考えてよいだろう。
このメカニズムは、時計市場の金融化が進んでいることを示すひとつの兆候に過ぎない。過去10年間、美術品の世界で保証の利用が増加したことに対し、批評家たちはしばしば批判を浴びせてきた。濫用や利益相反が起こりやすいだけでなく、価格が人為的につり上げられて市場を歪める可能性があるとの指摘である。保証に対する擁護は簡単だ。保証はマーケットに流動性をもたらし、オークションハウスが顧客によりよいサービスを提供することを可能にする。
オリジナルのカタログ(参照)では、ブランドのGMTマスターは当初100万~200万スイスフラン(日本円で約1億6700万〜3億3500万円)と見積もられていた。だが、販売直前に、予想価格は375万~650万スイスフラン(日本円で約6億2800万〜10億8800万円)に修正された。これはすべてのロットで起こったことだ。最終的に、ブランドのGMTの落札価格は458万2000スイスフラン(日本円で約7億6500万円)となった。
ブランドのGMTマスターだけが、見積もり額の下限に近い価格で落札されたわけではない。全ロットのうち約70%が修正された予想価格の下限近くで落札され、その多くが同じ1013番のパドルに渡った(ブランドの時計はこの入札者に渡らず、電話入札者が勝ち取った。ロレックスではなかったとも聞いている)。以下はクリスティーズからの説明である。
「昨晩の午後6時ごろにアメリカの保証企業から、出品者が第三者保証を検討しないかという打診がありました」と、クリスティーズのヨーロッパにおける時計部門の責任者であるレミ・ギルマン(Remi Guillemin)氏は売却直後に語った。ギルマン氏によれば、クリスティーズはザマン氏に第三者保証のオファーを持ちかけ、11月6日(オークション当日)の午前10時に契約を交わしたという。そのため、オークションはその日の午前に45分遅れで開始された。すべてのロットについて第三者保証が設定されたことで、クリスティーズは最低価格を新たに保証された価格まで引き上げる法的義務を負った。
ギルマン氏はこの保証企業について、「高級品とオークションの世界に精通していました……、第三者保証は彼らにとってこれが初めてではないでしょう」と述べた。彼は、この企業は昨夜までにこのコレクションを調べ、精査していたが、オークション当日の朝まで何も動きはなかったと語った。
コレクションの売却を確実にするために、クリスティーズがザマン氏に一定の保証をしたという噂や、財政的な理由から早急にコレクションの買い手を見つけなければならなかったという指摘もある。これに対して、クリスティーズは反論している。
「私たちがザマン氏に売却額を保証したというのは、まったくのフェイクニュースです」と、ギルマン氏は言う。「私たちはほかのハウスとの競争に参加し、最終的にカタログに掲載された見積もり額を提案し、従来通りの条件で勝利を収めました」。最初のカタログには、クリスティーズまたは第三者企業が販売全体を保証したとの記載はなかった。これは、クリスティーズが開示しなければならない事項である。
私はコレクターや入札希望者と話をしたが、彼らは一連の出来事と、その経過に関する不明確なコミュニケーションに困惑し、苛立ちを感じていたようだった。コレクターたちはセールの数週間前に印刷されたカタログの見積もりをもとにザマン氏のコレクションを評価していたにもかかわらず、ロットがハンマーにかけられるとその予想は覆された。見積もり額は大幅に上方修正され、多くの入札希望者にとって完全に手の届かないものとなった。
実際、土壇場での第三者保証は、美術品オークションで確認されている露骨な戦略であり、保証企業は“不透明性と混乱を引き起こす”ためにこの戦術を使っている。あまり一般的ではないものの、オークションの開催中に見積もり額が変更されることもある。
今回の取引は速やかに成立したようだが、おそらくクリスティーズは、入札希望者に当日の出来事をよりよく伝えるために開始をさらに遅らせたほうがよかったのだろう。まだ疑問は残るが、誰もが口を揃えるのは、クリスティーズのPassion for Timeセールが時計オークションとしては極めて異例だったということだ。
この混乱は、オークションハウス、特にクリスティーズにとって時計市場の軟調という苦しい局面のなかで起こったことだ。わずか数週間後には、香港にパトリック・ゲトライデ(Patrick Getreide)氏のオーク コレクションが上陸を開始し、また新たに大規模なシングルオーナーコレクションが販売されることになる。
“パドル1013”のバックにいたと思われる謎の第三者企業については、Passion for Timeの販売中、そして販売後に何が起こったのかをより完全に理解するために、この落札者が落札した多くの時計が再びオークションに出品されるまで待つ必要があるかもしれない。